僕の考え方について その2

こんにちは、びくとり男です。

さて、長すぎる僕の考え方シリーズ第二弾です。




今回は有害鳥獣駆除についてです。

狩猟と有害鳥獣駆除?
同じでは?と、思われている方も多いので、ご説明致します。長々と。

まず、狩猟から。
狩猟とは、「鳥獣管理保護法」という法律によって定められた狩猟鳥獣48種(平成29年現在)のみを対象とし、法定猟法により、定められた期間(地域、対象鳥獣によって若干の差がある)のみ、無許可で採捕できるものです。鳥獣保護区や特定猟法禁止区域は許可は下りません。

一方、有害鳥獣駆除は、(有害鳥獣駆除員ではないため、不完全な知識ですが)
自治体等からの要請により行われ、対象鳥獣、期間、捕獲数を指示され、実施するもの。
対象鳥獣は、鳥獣管理保護法で定められた鳥獣以外にも及ぶが、対象として要請された場合に限られる。
また、鳥獣管理保護法の狩猟鳥獣であっても、狩猟期間以外は、無許可での採捕はできない。
あくまでも要請があったときに、要請があった地域に限り、指定された猟法で、指定された頭数の採捕をするもの。です。

自治体等からの要請は、地域住民からの鳥獣による被害報告を基に行われますが、一人が一度言っただけでは、要請まで結びつかないことも十分あり得ます。

鳥獣の被害とは、イノシシやシカによる作物の食害がよく聞かれますが、ニホンザルの人への直接の危害や、サギ類の糞害や、鳴き声での騒音被害など、多岐にわたります。

既に起きてしまった被害を受けて、次の被害を未然に防ぐために行われる場合もあります。

しかし、言えるのは、その鳥獣がいることで、他の動植物や人間と経済損失が発生しないと判断される場合は、有害鳥獣駆除は要請されません。


そして、これは、被害に遭われた方々のために、次に被害に遭われる方々を出さないためにやむを得ず命を奪うのです。(場合によっては追い払うこともある)

食べるために捕獲する狩猟と違って、被害を防ぐために捕獲するのです。
そのため、「殺すためだけに」捕獲するので、気が重いという駆除員もいます。

では、何故、気が重いのに、有害鳥獣駆除をするのか?

上記の通りです。
そして、「ボランティア」の一つでもあります。
(中には、捕獲した際の報奨金目当てもいるそうですが。)

農家の方々の、イノシシによる被害を、色々な方の狩猟に関する情報で見聞きしていますが、
本当に「根こそぎ」という印象があります。

トラクターで耕したと思うほどに掘り起こされるため、果樹園などでは木が枯れてしまうこともあるそうです。
稲作では、イノシシが入ったことで、米を食べられるだけで無く、匂いが米に移ってしまい、その田んぼの米を全て廃棄することになる場合もあるそうです。

そして、作物への被害もさることながら、人身被害についても見逃すことはできません。
猪突猛進という言葉があるように、物凄い勢いで体当たりするというイメージがあると思います。

しかし、実情は更にひどいものです。
雄の牙は常に上下の牙がこすれて磨かれ、刺さるというよりも斬られるというのが正しいようです。
しかも、成獣が大人に向かって突っ込んできて、頭を振り上げた場合、腿の動脈を斬られて亡くなるということも、狩猟中の事故などで報告されています。
雌であっても、牙が無い変わりに、その歯で噛みつき、頭を振るので、肉はズタズタになってしまうそうです。
恐ろしい武器を持っているのですね。

しかも、この武器を持った作物泥棒、いや、強盗は、突然現れます。
場合によっては収穫直前に現れ、犯行に及びます。

農家の方は、作物を収穫し、出荷できなければ収入が無いため、作物が荒らされる=収入が無くなるわけです。
その作物専門の農家であれば、その年の収入が無くなることにもなります。
更にひどいケースでは、果樹園で木が倒されたり、根が切られたために木が枯れてしまい、数年もの間収穫が見込めないほどの被害に遭われたことも。


それなのに、「野生動物が可哀相」だから殺さないでと言えるのでしょうか?
それはつまり、農家の方々に「可哀相な動物を生み出さないために、あなた方は苦しんでくれ」と言っていることにはならないでしょうか?
それでは動物愛護「テロ」と呼べるものになってしまいます。

柵で囲ったり、電気柵を張り巡らし、手間と時間と資金をかけて作物を守れば、どうしても作物に価格転嫁しなくてはならないでしょうが、「高い」と買っていただけなくなれば本末転倒です。

このように様々なジレンマがあるのです。



有害鳥獣駆除や狩猟は、動物を殺して数を減らすというのは、実は正しくないとも言われています。
実際、ニホンジカの増えるペースを考えると、今の捕獲数では全く減らせず、増える一方であるというデータもあるぐらいです。

しかし、減らせなくても、「人の生活圏内に近づくと怖い目にあう」と理解させ、奥山に帰って貰うためにも、例え捕獲できなくても、「脅し」をかける必要性もあります。

おそらく、人里に全く来なくなれば、奥山の生息密度が高まり、自然淘汰などで、ある程度の個体数に落ち着くのでは無いでしょうか?
(奥山が荒らされることによる森林、山林被害と、山崩れの恐れが高まることはここでは触れませんが、その可能性は否定できません。)

有害鳥獣駆除を否定することは、人間が犠牲になれと言っているのとほぼ同義なのでは無いかと考えています。
人間の営みは破壊してもかまわない。と。

積極的過ぎる駆除はいかがなものかと思いますが、必要に迫られた駆除は、やむを得ないと思います。

そして、銃を自分のためだけでなく、人の役に立てること。
銃や罠などを使用して捕獲する技能を、人の役に立てるために、ほぼボランティアで有害鳥獣駆除に出動することもあります。
カラスやカモの駆除では一日で2000円に満たない出動手当のケースもあります。
ガソリン代や弾代を考えれば赤字です。

それでも、人の役に立てるために、と出動される方もいます。
(自分の農地の自営のために狩猟免許を取得するケースはかなり多いです)

自分に直接被害が無いと気づけませんが、農地の被害は相当なものです。
どうか、農家の方々のことも考えてみてはいかがでしょうか?
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